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「ない。ありえない。ディ・モールト(本当に)ありえない。」 高価そうなアンティークが飾られた部屋。 メローネはルイズとこの部屋で二人っきりであった。 しかし!事もあろうにメローネは!こんなディ・モールト(とっても)いい状況でッ! ・・・現実逃避の真っ最中であった。 普段冷静で理屈で動いている者ほど、自分の理解の範疇を超えた物事に遭遇すると それを認めることはできないものである。 「ないないないないナイナイナイナイナイナイ こんなバカなことがあってたま・・・・」 そのとき彼の目に飛び込んできたのは・・・二つの月であった。 ゼロの変態第二話 使い魔暗殺者(ヒットマン)メローネ! 部屋に帰ったメローネがルイズから聞かされたのは、だいたい次のようなことであった。 ・ここはハルケギニア大陸トリステイン王国のトリステイン魔法学院。 ・そこの2年生恒例の『サモン・サーヴァント』の儀式の時メローネは召喚された。 ・使い魔を送り返す魔法なんて無い。少なくにもルイズは知らない。 ・ちなみにここには身分制度がある。 ・貴族(メイジ)は魔法が使える。平民は魔法は使えない。 ・だから貴族が上ッ!平民が下だァァ!! その他諸々のことである。 「・・・信じるしかないようだな。ここが『異世界』だということを・・・。」 信じたくないという顔をしながらメローネはつぶやいた。 「それよりあんたの言ってることの方が信じられないわよ。 だいたい証拠でもあんの?」 「・・・これじゃ証拠にならんか?」 メローネは自分のパソコンを見せた。スタンドパワーで動いているのでここでも使える。 その事だけが彼にとって救いだった。 「たしかにこんなものここにはないけど・・・。」 (だからって怪し過ぎよッ!ただのド田舎モンにきまってるわ!) ルイズがものすごい怪しんでいる一方、メローネの頭は冷静さを取り戻していた。 元々頭脳派のメローネである。冷静さを失ったらただの変態である。 (帰れないとなると、ここで生活するしかないな・・・ 言語すらわからんこの世界では俺ひとりでは・・・きっと暮らせない。 やはり使い魔になるしかないのか・・・) (それに・・・俺はあのとき新入りが作った蛇に噛まれて死んだはずだ・・・ となるとこの女・・・命の恩人という訳か・・・) そしてメローネが出した結論は・・・ 「・・・なるよ。」 「へ?」 「なると言ったんだ。お前の使い魔に。」 「えっ?あっ、そ、そう。や、やっと自分の立場が理解できたのね。」 さすがのルイズも急に話しかけられのでびっくりしている。 「で、使い魔って何をすればいいんだ?」 「ま、あんたにできそうなのは掃除洗濯その他雑用ってとこかしら。 どうせ戦いとかは無理でしょ?」 「ま、まぁ無理だな・・・。」 スタンドのことは言わないでおこう。厄介ごとになるかもしれない。 「じゃ、明日から仕事してもらうから。」 「ヲイ、ちょっと待て。・・・何してる?」 目の前で女の子が服を脱ぎ始めるのである。誰だってそー言う。彼だってそー言った。 「何って・・・寝るから着替えるのよ。」 「・・・・・・わかった。・・・俺はどこで寝ればいい?」 ルイズは黙って指さした。・・・床を。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(毛布があるだけマシか・・・?)」 「あ、あと明日になったらこれ洗濯しといて。」 メローネに下着を投げつけるとルイズはベッドに潜り込み、指を鳴らしてランプを消した。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 メローネは理性を保つので精一杯だった。いろんな理由で。 「やめといた方がよかったか?」 メローネはこれから訪れるであろう受難の日々を想像し、ジャッポーネのゲームなら いろいろオイシイ展開になってるのにと思い、おとなしく寝た。
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「オーノーだズラ 私もうだめズラ 成果が爆破されちまったズラ 魔法撃たれてしまったズラ」 下を向いて呟くコルベールをルイズが慰める。 「そ、そんな…コルベール先生ほどの人ならこれくらい簡単に作れますよ…… それにほら、爆発は男のロマンって言いますし!」 コルベールが顔を上げる。 「そ、そうかね?」 「ええ、そうですよ!コルベール先生は天才ですから!爆発は男のロマンですから!」 「そうか!なんだか自信がついてきましたぞ、ありがとう、ミス・ヴァリエール」 「いえいえ、どういたいまして」 「ただ、教室の掃除は男のロマンではないですからな、頼みましたぞ」 結局、途中からシエスタの手伝いがあったものの、掃除が終わったときにはもう夜であった。 部屋に戻ったルイズはベッドに倒れこむ。 そして、なにかに気付いたように呟く。 「そういえば、ここ数日みてないけど…ワムウはどこいったのかしら…まあ、あいつのことだし どうせ森の中にでも篭もってるんでしょうね……」 ルイズのつぶやきはフェードアウトしていき、寝息を立て始めた。 「きゅいきゅい、お姉様、ミノタウロスがいるっていう洞窟まできたけれど…やっぱり恐ろしいのね! ほんとに引き返さなくていいのね?きゅいきゅい!」 「静かに」 タバサ…シャルロット・エレーヌ・オルレアンは静かに呟く。 「静かにってひどいのね!学園でも城でも喋れないんだからこういうときくらい…」 タバサは杖を振り、人間に変身したシルフィードにサイレントの呪文をかける。 「誰か来る、敵かもしれない」 そういって、森に向けて杖を構える。 なにか音がしたと思うと、木の枝がものすごいスピードで飛んでくる。 しかしタバサは微動だにせず、肩の上をかすめるだけだった。 シルフィードは声を上げようとし、あがらないので頭を抱えてしゃがんでいる。 森の中で何者かが動く。進む先を予測してそこにタバサは氷の矢を叩き込む。 大きな足音がする。タバサは気配を感じて上を見上げるが、なにも見えない。 空がややゆがんでいるように見えたときには、"敵"は背後に立っていた。 「子供にしてはやるな、ルイズとは大違いだ。朝の体操くらいにはなったな」 「あなたは…ルイズさまの使い魔なのね!どうしたのね!」 サイレントが解かれたシルフィードが口を開く。 「散歩していたらやけに緊張している知り合いを見つけたんでな、タバサといったか?」 タバサが頷く。 「散歩ってここどこだと思ってるのね!ガリアなのね!勝手に散歩で越境する使い魔も聞いたことないし 越境するほど歩く散歩も聞いたことないのね!突っ込みどころ満載なのね!」 「お前はどうなんだ、人間の決めた国境など気にして飛んでいるのか」 一瞬口をつぐんだが、すぐに話しだす。 「わ、私は別に使い魔なんかじゃないのね!」 「嘘も変装も下手くそだな」 タバサが尋ねる。 「いつから気付いてた?」 「気配でわかる。とにかく隠し果せたいなら口癖をなんとかするんだな」 タバサは風韻竜だといつから気付いていたのか、という意味で尋ねたのだが、ワムウはそんなものは知らなかった。 「それで、お前らは学生の身分でこんな遠くでなにをやっているんだ」 「一応遠くっていう認識はあるのね…」 シルフィードが呟く。 「なんでもない、休暇」 「主人も嘘が下手だな」 タバサの返答にワムウは無下もなく返す。 「別に理由を言いたくないなら構わんが、ミノタウロスの話には興味がある。 実物はみたことなくてな、どれくらい皮膚が堅いか試してみたい」 普通ならこのセリフ…おびえ、なんてバカと軽蔑するだろう… でも…シルフィードはこの『セリフ』を……! 『なんてかっこいいのね!』……と思った! 「そこまで言うならワムウさまも来ていいのね!お姉様もOKなのね?」 別に連れていっても特に害はなさそうだし、かなりの強さを何度も見せつけられたし、 何よりシルフィードの意見を折るのが面倒なので、タバサは頷いた。 「変装したシルフィードを囮にする」 「なぜだ?ミノタウロスの警戒心は大して強くないそうだが」 タバサは声をひそめる。 「もしかしたら人間かもしれない」 「そうか、ならなおさら囮の必要はない、風上の方向か俺がら右二十度八十メイル先に殺気だった奴らがいる。 そいつらを少々こらしめてくれば終わりだろう、俺としてはつまらんがな」 「そういうわけにもいかない」 「そうか、じゃあ人間どもは任せた、本物がひょうたんから出てきたら教えてくれ」 ワムウは木の上に姿を消した。 「……あのちびすけ、鱗の色である青をこんな色に染め上げるなんて、この古代種たるシルフィに対する 種としての敬意が足りない、いやないのね!いつか噛みついてやるのね、きゅいきゅい」 ミノタウロスからの手紙で指定された娘の格好にされ、洞窟の前で縛られて転がされているシルフィードは 近くの茂みに潜んでいるタバサに呪詛の言葉を投げかける。 数十分後、タバサがいる逆側の茂みの中でなにかがごそごそと動く。 (お、音が複数からするってことは…ワムウさまじゃないのね?まだ死ぬのは嫌なのねーッ!) 茂みの中から大きな牛の頭が現れる。 「きゅいきゅいーッ!」 シルフォードは悲鳴を上げ、もがき始める。 ほどけるよう結ばれたはずの縄をほどこうとするがうまくほどくことができない。 「騒ぐな、殺すぞ」 ミノタウロスは顔を近づけ、低い声で呟く。 恐怖で黙るが、少しずつ冷静になる。 (あれ、このミノタウロス、獣の匂いがしないのね…というか首になんか隙間あるのね…… もしかして、人間…?あのちびっこといい、こいつといい、どうも人間は韻竜に対する敬意が足りないのね…) シルフィードを抱えあげた男が向かうさきに数人男がいる。 「へへ、いいだろこのナイフ、アルビオンの傭兵から買ったんだぜ、この前なんかな、カッとなって これを抜いたときにはな、そのときのことは覚えてないんだが…気がついたら男が三人倒れてたのさ!」 「ん、ジェイク、持ってきたか」 「あ、あんたたち、何者なのね!」 シルフィードが声を上げる。 「てめえには関係ねえ、おとなしくしてな」 「剣を持った人が二人、銃が二人、槍まで持ってるのね…ミノタウロスの人は大きな斧をもって… 怖いのね、恐ろしいのね」 少々わざとらしいがどこかに潜んでいるであろうタバサに武器の内訳を伝える。 そのとき、ある男が一人顔を覗き込んでくる。 「お前……ジジじゃねえな?」 シルフィードが変装した娘ではないと見破る。 「ジジじゃねえ?あの村で売れそうな娘っていったら、他に誰がいるんだ?」 「イワンのカミさんのガキどもなんて、金もらったって引き取りたくねえや!」 男たちは下品に笑う。 「しかし、こいつはジジじゃねえぞ、てめえ誰だ?」 「ちがわないのね!シルフィはジジなのね!きゅい!」 シルフィードは自分から名前をバラす。 「シルフィっていうのか、身代わりになるなんて健気だねえ」 「なかなか別嬪じゃねえか、こいつの方がジジより高く売れそうだぜ」 拳銃を握ったデブがそういうが、ミノタウロスの格好をした男は反対する。 「そういうわけにもいかねえだろ、こいつなんだか怪しいぜ…おいお前、本当に何者だ? もしかしたら、領主の手先かもしれねえ」 「ち、ちがうのね」 「じゃあエズレ村の村長の名前を言ってみろ」 シルフィードは冷や汗を垂らす。 「どうした、村長の名前がいえねえのか!」 ミノタウロスの男は強い口調で言う。 「きゅい」 「きゅいじゃねえだろ!」 男たちは警戒の度合いを強め、武器をシルフィードに向ける。 そのとき、男たちの肩や手に向かって氷の矢が飛んでくる。 「な、なんだァーーッ!」 「次は心臓を狙う、動かないで」 悲鳴をあげた男たちに、現れたタバサは淡々と告げる。 ほとんどの者が肩や腕を狙われ、戦力として役に立たなくなったので、彼らはしぶしぶ武器を捨てた。 「こいつら、ほんと許せないのね!針串刺しの刑にしてやるのね!」 優位に立ったシルフィードは強気になる。 「仕返しはあと、縛り上げて」 タバサに言われ自分に巻きついていた縄を使い男たちを結びあげる。 縄で縛られた男たちにタバサが尋ねる。 「リーダーは誰」 返事がない。ただししかばねではない。 「正直にリーダーは出てくるのね!早く早く早く早く!」 「私だ」 後ろから突然声がした。 振り向いてタバサがそこの男に杖を構えるが、男の方が詠唱が終わるのが早かった。 先ほどタバサが放ったのと同じ、氷の矢が飛んで来る。 その氷の矢は、タバサの杖を吹き飛ばす。 「これはこれは、こんな辺鄙な地へようこそ貴族様、 おもてなしはできませんのでごゆっくりというわけにはいきませんがね」 四十過ぎほどの、身なりの汚いメイジが杖を構えて立っていた。 男が風の魔法で男たちを縛っている縄を切り裂くと、男たちはシルフィードから武器を奪い、二人を囲む。 「誰?」 タバサが短く尋ねる。 「名前などはとうに捨てましたが、そうですな、オルレアン公とでも呼んで貰いましょうか… 兄に冷や飯を食わされて家を飛び出て、現在は不幸な少女たちの収入を確保させてあげる仕事をしていてね」 「素直に人売りだって言うのね!」 シルフィードが声を張り上げる。 「そう呼びたいのならそうすればいい、まあどちらにせよ大人しくすることだな、不幸な少女たちよ。 おい、こいつらを縛り上げろ!」 メイジがそう言うと、男たちが寄ってくる。 「お前たちみたいな奴ら許せないのね…シルフィとワムウさまならこの程度の人間どうってことないのね! たーすーけーてーワムウさまー!」 シルフィードが叫ぶが、ワムウが来るような気配はしなかった。 「きゅいきゅいー!や、やめてー!」 タバサたちを縛ろうとし、男たちが近づいてきた瞬間、メイジの杖が吹っ飛んだ。 腕を折られたメイジは悲鳴を上げる。 「ぎいやあああああああああッ!」 「ワ、ワムウさまなの?」 リーダーが悲鳴をあげ、なにごとかと男たちは振り返った。 そこには高さ二.五メイルほどの大斧を構えた影があった。 しかし、それはワムウではなかった。首の上にあったのは…牛の首、 ミノタウロスであった。 「ほ、本物だああああッ!本物のミノタウロスだああああッ!」 「怪物!人外!夜族!物の怪!異形!……化物だああああッ!」 拳銃をもっている男たちはそれでミノタウロスを撃つが、厚い皮膚がそれを止める。 パニックになった男たちはからがら、逃げ出した。 大斧を構えたミノタウロスは、向きを変え、シルフィードにゆっくり近づいてくる。 「たすけてなのねーッ!今日は十三日の土の曜日じゃないのね!出番は来月なのねーッ!きゅいきゅいーッ!」 そのとき、上から人影が降ってくる。 人影がミノタウロスの目の前に着地する。 ワムウが肩を鳴らして立っていた。 「たすけにきてくれたのね!さすがワムウさま、信じてたのね!きゅいきゅい!」 ワムウはシルフィードの言葉を無視し、ミノタウロスに向き合う。 そして、後ろも向かずにタバサたちに告げる。 「お前らはとっとと帰るなり、あいつらを追うなりすきにしろ…ミノタウロス、決闘だ」 ワムウは有無を言わさず拳をミノタウロスの胴に叩き込む。 堅い皮膚すらもその拳は貫通し、ミノタウロスが後ろに倒れ、血が流れる。 倒れこんだミノタウロスは慌てて手を振り、ワムウに言う。 「待て、私は敵ではない」 しかしワムウは聞く耳を持たない。 「目の前に獲物がいる鮫が手を止めると思うか、ジンベイにしろ、シュモクにしろ、シンジュクにしろな」 もう一発追撃をしようとしたとき、杖を拾ったタバサがワムウに杖を向けた。 「……何の真似だ?」 「少なくとも結果的には私たちを助けてる。話くらいは聞いてあげるべき」 「別に味方であろうと俺は構わんのだが…」 「しかし、すさまじい拳だな、俺が言うのもなんだが、化け物染みている」 起き上がったミノタウロスは左手に杖を持っていた。 「イル・ウォータル……」 ミノタウロスが呪文を唱えると、ミノタウロスの傷がふさがっていく。 「あなた何者なのね?系統魔法を唱えるミノタウロス、いや亜人なんて聞いたことないのね」 「そうだな、わたしが何者か気になるだろうな。説明してほしいなら、ついてきたまえ」 ミノタウロスは歩きだし、洞窟の中へ入っていった。 タバサを先頭に、シルフィードはワムウによりかかりながら、ワムウはめんどくさそうについていった。 To Be Continued...
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「さあ出発だ!」 威勢のいいワルドの声。 それからしばらく、朝と昼を過ぎ、夕方までも過ぎた夜。ギーシュが駅で乗 り換えた馬を走らせながら、空を見上げると、月光を浴びながら疾駆するグ リフォンがあった。彼の後ろにはルイズがいる。そしてギーシュ自身の後ろ にはンドゥールがいた。杖と剣を背中に差している。 彼にとってあまり居心地のいいものではない。なにせ一度思い切り痛めつけ られたという記憶があるからだ。 別にそれからいじめられているわけでもない。金を請求されたり八つ当たり に殴り飛ばされたりしていない。かといって、仲良くしていたわけではもち ろんない。一番最近話したのは品評会の時のことだった。事が終わってから 彼は直接礼を言いに来たのだ。 (そのときに何がしか話をしていたらいまのようなことにはならなかったか もね。まさに今更だけど) ギーシュは小さなため息をつき、気を持ち直すために馬に鞭をいれた。とは いえ飛ばしてきたため速度を上げることは叶わなかった。ワルドとルイズは 上空を悠々と飛んでいる。体力はまるで底なしだった。 (僕もいつかはグリフォンを……) そう、羨望のまなざしを送る彼の視界に、奇妙な一団が映った。こんな暗闇 でテントも立てず、じっとこちらを覗き込んでいる。怪しい。ギーシュが前 方のワルドに知らせようとしたそのとき、火矢が射られた。 「うわ! うわわあ!」 なんとか馬を急停止させて火を避ける。盗賊の類かと、崖の上を睨むと、次 に目に入ってきたのは多数の矢だった。ギーシュは反射的に目を閉じる。恐 怖に体が支配された。 始祖ブリミルよ! 彼は祈り、助けを求めた。しかし、救ってくれたのは祈 りの対象ではなかった。 「キタキタキターッ! つうか相棒、久しぶりだあ!」 そんなひょうきんな声がした。と、ンドゥールが己の剣で矢を叩き落してい たのだ。ギーシュの体から力が抜け、安心とともに劣等感が生まれた。 (ルイズの使い魔に助けられた!) 急ぎ彼は杖を引き抜いた。遅れを取り戻そうと魔法を使おうとした。だが、 連中は次々とひとりでに崖の上から落とされていった。気づけば上空にグリ フォンよりはるかに大きな姿があった。 見覚えがある。タバサのシルフィードだ。それが地面に降り立つと、キュル ケがやってきた。 「はあいダーリン、お待たせ」 もちろんギーシュのことではない。彼女はンドゥールに飛びつき、見事にか わされる。 「つれないわあ、もう」 キュルケがマントを噛んでいじける振りをする。そこへ地上へ降りてきたル イズが早々に突っかかってきた。 「ちょっとキュルケ、あんたなにしに来たのよ!」 「あら、助けに来てあげたんじゃないの。朝方出て行くところを見て、タバ サをたたき起こしたの。それに助けてやったんだから礼の一つは言いなさい」 先手を制されてルイズは勢いを失った。必要があったかはともかく、助けて くれたのは紛れもなく事実なのだ。 「それは、まあ助かったわ。でもね、これはお忍びの任務なのよ?」 「そうだったらそういいなさいよ」 ギーシュは二人の口論を見ながらため息をつき、火の粉が飛んでこないうち にその場を離れた。地面に這い蹲りながら罵声を投げかける連中に近づいて いく。これから尋問を始めるのだ。 適当に倒れているやつから一人を選び、尋ねてみる。 「君たちは何で僕らを襲ったんだ?」 「ああ? 金持ちそうだからだよ。決まってんじゃねえか!」 これまで彼が聞いたこともない乱暴な言葉だった。顔をしかめながらも、何 度か本当かと問い詰める。されど物取りだということ以外は知ることができ なかった。ギーシュは勘ぐることなくそうなんだろうなと思い、踵を返そう とするとンドゥールがやってきた。 「尋問は終わったのか?」 「うん。だけど、ただの物取りらしいよ」 「そんなわけがあるか」 ンドゥールはそう言って盗賊に近寄った。ギーシュはカチンと来たものの彼 の後ろについていった。 「なんだ? まだなにか用があるって言うのかよヴェッ!」 いきなりンドゥールが腹を蹴る。 「って、てめえ、なにすん――」 続けて顔を蹴る。べちゃりと血が地面に撒かれる音でギーシュは気分が悪く なった。ンドゥールは痙攣している男の首根っこを掴み耳元にささやいた。 「本当のことを言え」 「い、言ってるじゃねえか、ただの盗賊だってえ!」 彼は地面に投げられる。ンドゥールは腰にぶら下がっていた水筒のふたを外 した。中から水が意思を持ったかのようにひとりでに飛び出し、男の口と鼻 を封じ込めた。 「何秒耐えられる?」 男は水を取り除こうともがく。しかし、いくら手で掻いても無意味。飲みこ もうとしてものどに流れ込まない。 「助かりたいか?」 男がコクコクとうなずいた。 「本当のことを言うか?」 またうなずく。すると水が男の顔から離れていった。 ンドゥールは男の襟首を掴んで、尋ねた。 「なぜ襲った?」 「い、依頼されたんだ。女と仮面の男に」 そいつは女の容姿をこと細かく口にした。 ギーシュには思い当たる人物がいた。フーケ。 一行はラ・ロシュールというアルビオンへの港町に着くと、一番上等な宿に泊まることにした。 部屋は三つ。キュルケとタバサが相室、ギーシュとンドゥールが相室、ルイズとワルドが相室だ。初めはそのことにルイズが困って いたがなし崩しにそうなってしまった。 で、一日中馬に乗っていて疲労がたまっていたギーシュは、食事を取るとすぐに部屋に上がった。ゆっくり休もうというのだ。だがンドゥールに続いて キュルケが部屋に上がりこんできた。 「何の用だい。僕たちは疲れているんだよ。休ませてくれ」 「そんなこといわないでよ。それに、わたしはあんたに用があるわけじゃな いの」 ギーシュが訝しく思うと、彼女はンドゥールに話した。 「ねえダーリン、お願いだからいまルイズとワルドが話している内容、教えてくれない?」 「き……君ねえ、本気かい?」 ついついそんな声が出てしまった。 「なによ」 「なによって、淑女としてそういう行為をして恥はないのかい?」 「あら、これは淑女として当然の行為よ。クラスメイトが婚約者と同室で寝泊り、気になるわあ。後学のためにお勉強に励まないと」 「いや君ねえ……」 ンドゥールの聴力なら壁など薄いカーテンみたいなものだろう。だからといって盗み聞きをしていいわけがない。 「それで、どうなの? なにしてるの?」 「求婚している」 「なにい!?」 キュルケではなくギーシュが驚いてしまった。 「い、いや、失礼。にしても、求婚か。それ本当なのかい?」 「本当だ。ワルドがルイズに求婚している。断ったが」 「なんだ、つまんない」 キュルケは飽きてしまったのかもうンドゥールから離れた。 「にしてもギーシュ、あなたさっき止めようとしたくせにやっぱり興味はあ るみたいね」 「そそ、そりゃあるよ。彼はグリフォン隊の隊長なんだ。にしても驚いたな。求婚したこともだけど、ルイズが断ったってことも」 「あら、大したことないじゃない。そのグリフォン隊がどうすごいのかは知らないけど、女は男に比べて慎重なのよ。あっさり結婚を決めようなんて思 わないわ」 次の日、ギーシュが目覚めると隣のベッドはもぬけの空だった。船が来るのは明日であるためもっと眠っていても大丈夫なのだが焦りのようなものが生 まれたので急ぎマントを羽織って部屋を出る。と、ばったりキュルケに出会った。 「あらおはよう」 「おはよう。君、ンドゥールを知らないかい? 朝起きたらいなかったんだ」 「ダーリンならいまから決闘らしいわよ。もっとも単なる腕試しみたいだけど、あなたも見に行く?」 「行く」 二人は中庭に出る。そこには昔の練兵場だったという広い物置小屋があった。中に入ると、ワルドとンドゥールが立ち会っていた。介添え人としてかルイズもいた。 「げ、来たの?」 「げってなによ。だって興味あるじゃない。ダーリンもそうだけどワルドもいい男。どっちがより強いのかしら。ギーシュはどうなのか知らないけど」 「いや、僕はその、なんか気になったんだよ」 そう言ってからはもう三人は黙った。 帯電したかのようなピリピリとした空気に胸が詰まってしまう。 ワルドは杖を構え、じっと前方を見つめている。出方を伺っているようだが、ンドゥールは背中の剣を握ったままぴくりとも動かない。抜いてすらいな い。と、ゆっくりとワルドが距離を詰めていき、跳ねた。 杖の先がンドゥールの額に吸い込まれていく。だが、彼が振り下ろす剣に防がれる。 ギギと鍔迫り合いが起こる。ワルドはいったん離れ、改めて突きを繰り出す。ンドゥールも剣を振るうが、技術で勝るワルドに押されてしまう。 それだけでもたいしたものである。ギーシュはその剣戟に見惚れてしまいそうだった。 とん、と、ワルドが剣の範囲から逃れ、呪文を唱えだした。ンドゥールは右手で杖を握りながら水筒のふたを開けた。その瞬間、彼は横合いから殴られ たように吹っ飛んだ。デルフリンガーが床を滑っていく。ワルドが迫る。 ンドゥールは起き上がるが、その首に杖先が突きつけられる。 「勝負ありだな」 ワルドがそう言うと、ギーシュとキュルケは大きなため息をついた。 緊張した空気が一気に弛緩する。 「ルイズ、これでわかったろう。彼では君を守れない」 ワルドはしんみりとした声で言った。ルイズはなにかを言いたそうにしたが、ンドゥールを見て口をつぐんでしまった。 そのまま二人は練兵場を出て行き、ンドゥールとキュルケ、ギーシュが残った。 「ダーリン大丈夫?」 「問題ない」 ンドゥールはぱんぱんと体のほこりを払った。分厚い筋肉のおかげか怪我はまったくしていなかった。 ギーシュは彼に歩み寄り、気になったことを尋ねた。 「なあンドゥール、君はどうしてワルドを倒さなかったんだい?」 「あら、あなたも気づいたの?」 「そりゃ気づくよ。いくらなんでも。彼のマント、水に濡れてたじゃないか」 その通りだった。ンドゥールの水筒から水が飛び出し、疾走するワルドのマントにしみこんでいったのだ。 つまり、これは引き分けだった。ルイズだってわかっていたはずだ。 「べつに大したことではない。いまは調子に乗らせているだけだ」 「なんでそんなことする必要があるの?」 「ワルドはなにかうそをついている」 ルイズは決闘場から少しはなれたところでワルドに尋ねた。 「どうしてンドゥールと決闘したの?」 「理由は二つある。まず一つは、彼の実力をこの体で感じたかったことだ。そうすることで作戦も変わるからね」 「もう一つは?」 そこでワルドは苦々しい笑みを浮かべた。 「男として、彼に勝ちたかったのさ。愛しの婚約者の心を傾けたくてね」 その言葉の意味をルイズは理解し、慌てた。 「あ、あいつはただの使い魔よ! そんなあなたが思っているようなことなんてないわ!」 「果たしてそうかな。この町に来る途中でも、君は彼のほうをちらちらと振り返ってたじゃないか」 「そそ、それは、あいつが盲目だから、落っこちたりしないか心配になっただけで、そんな感情はないわ」 「本当かい? あのころのように、君は僕を慕ってくれているかい?」 「ええ。私はあなたの……婚約者だもの」 ワルドはにこりと微笑んだが、ルイズの胸にはちくりと針で刺されたような痛みがあった。彼女は、愛していると言おうとした。 それが、なぜか止まってしまった。自分の意思でワルドとの距離を狭めることに大きな抵抗を感じていた。 だから、親同士が決めた婚約者を持ち出した。 どうしてワルドの愛にこたえられないのか。どうしてワルドとの間に線を引きたいのか。 明日は即日出港ということもあり街全体がにぎわっていた。一行が宿泊している宿屋も大いに賑わい、キュルケやギーシュたちは酒を飲んで騒いでいた。 ンドゥールは少量の食事と軽く酒を口にしただけで、街の外へ出た。 騒々しさが遠ざかり、虫と草の音があふれている。彼は腰の水筒に入っていた水を地面に落とした。 その背中をルイズがじっと見つめていた。 「なにしてるの?」 「いざというときのためにな。邪魔しようというやつがいたら街に入る前に攻撃する」 ルイズは重々しい歩みでンドゥールの背中に寄り添った。 「……ワルドに求婚されたわ」 「知っている」 ルイズはぐっと手を握った。 「一応断ったわ。でも、彼の気持ちが変わらなかったら、そのうちするわ。あなたはどう思うの?」 「好きにすればいい。お前が誰と結婚しようと、恩を返すだけだ」 「もういいって言ったら、あなたはどうするの?」 「どうもしない。もとの月が一つだけの世界に戻る方法を探すだけだ。そし ていつかはもう一度『あの方』に出会う」 ルイズがいきなり蹴った。 「なにをする」 「……わかんないわよ。なんか、腹が立ったんだもん」 ルイズは口を尖らせ、顔をうつむかせていた。ンドゥールの顔を直視することができなかった。 ワルドは見つめることができた。それは、どうしてだろうか。心の中で二人の男を並べると、 ンドゥールの存在が強く輝いていた。でもそれは自分の使い魔だからに違いない。この間、フーケに守られたからに違いない。 そのうち、ワルドを好きになっていく。 世の中には初対面で結婚した夫婦は数多くいる。だけどともに生活をしていくうちに互いを愛するようになっていった。 私も、きっとそうなっていく。ルイズはそう結論付けた。 しばらくするとンドゥールは、風邪を引くからと街に戻っていった。 ルイズも従った。 「やっぱり予想通りだね」 フードを被った女がそういった。彼女は『土くれ』のフーケ、隣には仮面をつけた男がいる。 そいつに彼女は脱獄させられ、協力を命じられているのだ 。 給金は弾むとのことだが、首に縄をつけられていることには違いない。いい気はまったくしなかった。 いっそ逃げ出してやりたいが、実力は男のほうがはるかに上なため嫌々したがっている。 二人の視線のはるか先には無残な死体がいくつも転がっていた。 首をねじ切られたものに胸に穴を開けられたもの、すべて急所を攻撃されている。 フーケは隣の男から、適当に人を雇ってルイズたちを襲えといわれた。 ところがこんなことになってしまった。なにをされたかは簡単に想像がつく。 あの男の操る水でやられてしまったのだ。 「これは、先住魔法か?」 「さあね。ともかく、これで二組に分断させるなんてのは不可能になっちまったよ。 いくらなんでもあたし一人であいつらを襲ったところで返り討ちにあうのがオチさ」 「わかってる。お前はいまから船に潜り込んでいろ。音を出さぬようにしておけば、ばれないのだろ?」 「たぶんね。にしても、せっかく仮面を用意したって言うのに、無意味だったわね」 「そうだな」 男は仮面を外し、地面に放った。それが落ちると、すぐさま水に割られた。
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「そうよ、みんな静かになさい!」 むっ、この偉そうな声は! 月明かりの下、月よりも赤い髪が跳ね上がった。月のように美しいおっぱいを持つその女は……。 「キュルケ!」 ゴーレムが進行方向を変えた理由が今分かった。 敵の攻撃と味方の自爆でどうしようもなくボロッボロになったわたし達よりも、効きもしない炎を背後から撃ってくる赤毛の方が鬱陶しかったんだ。 「お集まりいただいた皆々様、今から歌劇をおっぱじめますわよ。主演女優はあ、た、し」 ああっ、あの女、短時間でばっちり化粧し直してる! 「なァに格好つけてるの! あんたの炎はこれっぽっちも通用しなかったでしょ!」 「あたしが魔法だけの女とでも思って? 反吐でも吐きながら桟敷席でご観覧くださいな」 「待ちなさいってば!」 「あんたはそこであたしの活躍見てなさいルイズ。近づいたら命の保障はしないわよ」 何かよく分からない。でもとてもまずいような気がする。 魔法が通用しないのにしゃしゃり出るってことは、魔法以外の手段を使うってことよね。 キュルケが使う魔法以外の手段っていえば、使い魔くらいしかないわよね。 キュルケの使い魔っていえば、水をお湯に変える……。 「や、やめなさいキュルケッ! あんたそれで何をどうすれば勝てると思うの!?」 「この子がわたしの中で騒ぐのよ。殺戮こそが全て、闘争こそが生きがい、闘わせろ、闘わせてくれ……って」 無茶苦茶言ってる。 兵隊蟻だってそんなこと考えるかもしれないけどね、だからってドラゴンにかかっていけば踏み潰されて終わりでしょ。 ゴーレムはキュルケを障害物とさえ考えていないようで、全く歩みを緩めない。 「やめてキュルケ! 逃げて!」 愚かな真似をやめさせるため、走り寄ろうとしたわたしの肩に堅く厚い手が置かれた。 「蚤の無謀は勇気とは呼べん」 「ぺティ! あんたキュルケ見捨てる気!?」 「落ち着きたまえルイズ嬢。キュルケ殿の勇気、どうやら蚤の無謀ではないようじゃ」 「蚤の無謀以外の何だって言うのよ!」 キュルケはその場から動こうとしない。足を止めたまま、胸の谷間から引き抜いた杖を天に掲げた。 「ルイズ。まさかあんた、この子が水をお湯にするだけの力しか無いと思っていないでしょうね」 不敵とか大胆とかいう形容のぴったりくるその顔は、いかにもキュルケって感じ。悔しいけどかっこいい。 「あれはあくまでも訓練。この子の力をコントロールするための練習ってやつよ」 杖の先がわなないた。何かが、得体の知れない何かが集まっていく。 「あたしはこの子の力が暴走しないよう制御するための器。あたしだけがこの子の力を抑えることができるの」 ゴーレムがキュルケの目前に、その巨大な足を突き出した。 風圧で豊かな髪がはためき、もっと豊かなおっぱいがプルプルと震えるも、キュルケ自身は両の足でしっかりと地面を掴み、小揺るぎもしていない。 杖を振り、先に集めていた「何か」を飛ばした。一直線に飛んだ「何か」はゴーレムの膝を直撃する。 「何よあれ……」 震えていた。巨大な土の塊が鳴動していた。 歩行時の振動なんてものじゃない、大きな揺れがわたし達のいる所まで響いてきた。 立っているのもやっとという揺れなのに、キュルケは平然とおっぱいのみを揺らしている。 「分子空動波……って名前らしいわ。お味はいかが?」 ただ震えているだけじゃない。何かおかしな形に……膨らんでいる? 縮んでいる? 作ってる途中のシチューみたいな……あれはひょっとして……沸騰している!? ぐっつぐつに煮えたぎって、赤い泥みたいになった土が崩れていく。 崩れた膝では自重を支えることができずに尻餅をついた。キュルケは最初の位置から一歩も移動していない。 三十メイルからなる巨躯が倒れ、強い地響きとともに土の飛沫が飛んできてもキュルケは動かない。 キュルケに達する直前で、飛来した土くれはどこへともなく消え去った。 見てるわたしは何をしているのか全く分からないんだけど、そんなわたしの思いはオール無視、キュルケは追撃の手を緩めない。 謎の衝撃――キュルケ曰く分子空動波――を次々に撃ち込み、 「随分タフなのね……でもそういうところ好きよ。練習台に持ってこいなんですもの」 苦し紛れに伸ばしてきた手を空中三回転で回避した。今度は空から正射を始める。 ってことはフライと同時に使ってるってことよね。やっぱりあれ魔法じゃないんだ。 ゴーレムは全身がまだらな赤に染まり、まともに動くこともままならない。 見下ろし、キュルケは微笑んだ。そりゃもう妖艶に。なんていうか抱いてください。 「それじゃそろそろフィニッシュといきましょう。ギャラリーも飽きちゃうからね」 いやいや飽きてませんって。 破壊の女神が巨人の胸に降り立った。熱くないのかしら。 「分子……地動波」 着地点を中心に、緋色の亀裂が縦に走った。横に、斜めに、縦横無尽に駆け抜けた。 体の部分部分を鉄にして抵抗しようとしているみたいだけど、鉄も岩も同じように沸騰している。 「ドラゴンズ・ドリームやヨーヨーマッとは性質の違う力」 うおっ、タバサ。復活したと思ったらいきなり解説するのね。忙しい子。 「波紋とも違うようじゃ。おそらくはまた別の世界……魔人とでも言うべき力じゃな」 このメンバー、解説役が多いわね。 「な、なんだかよく分からないけど……すごいことしてるってことだけは分かるよ」 マリコルヌ、あんたは別に出てこなくてもいいから。 「濃密な宇宙エナジーを感じます。おそらくは第三平行世界における汎宇宙的生命体の力を借り……」 あんたも引っ込んでなさい。 うっはあ、暑い暑い、ここまで熱が届くってどういうことよ。 キュルケ平気な顔してるけど、あの子神経通ってないんじゃないの? ゴーレムが崩れていく。もうすでに原型留めちゃいないけど、それよりも激しく崩れていく。沸騰が気化に移行しつつあった。 タイミングを合わせたんでしょうね、キュルケがパチンと指を弾くと同時にゴーレムは塵になった。 塵に……ゲホッ、ゲホゲホッ、ちょ、ちょっと、風に乗って流れ……ゴホゴホゴホッ! 「さよなら来訪者!」 「何がさよなら来訪者よ! ゴホッ! フーケはまだその辺にいるかも……ゲホッ!」 「そんなのあたしの知ったことじゃないわ」 無責任よ! ゴーレム倒したんだからフーケも倒す義務がある! たぶん! 「みんな気をつけて! フーケがまだその辺に潜んでいるわ!」 「さすがモンモランシー、素晴らしい推理だ! みんな、警戒を怠るな!」 今わたしが言った事復唱しただけでしょうが。 ま、何にしても気をつけなきゃいけないわね。今のわたし達がボロボロの状態ってのは変わらないわけだもの。 あのレベルの魔法を使う余力は無いでしょうけど、それでも警戒に値するわ。 一人一個師団のキュルケとはるか遠くへ逃げたグェス、マ役リ立コたルずヌ以外の全員で背中合わせに輪を作った。 うっ……臭うと思ったら右隣にヨーヨーマッがいる。何か冷たいと思ったら左隣はワルキューレじゃないの……ひょっとしてわたし嫌われてる? 「しかしこのまま待っていてもいいものじゃろうか。逃げられてもまずいのではないかね」 そりゃそうだけど……でも、こちらから攻勢に出るには視界が悪い。 塵になったゴーレムのせいで五メイル先も見えやしない。キュルケっていつも考え無しなのよね。 学院からの応援を待とうにも、そんなもの待っていれば本当に逃げられちゃう。 かといってこちらから出て行けばいい的よね。 「……手詰まりね」 「まだ」 タバサ? あのね、親友の尻拭いしようって気持ちは分かるけど、あまり無理しない方がいいわよ。 「攻撃する」 眼鏡が……眼鏡じゃない。眼鏡の奥がキラリと光った。 風に流されたのか、それとも確固たる意思の元動いたのか、ドラゴンズ・ドリームが主の前で浮遊している。 タバサが首肯し、ドラゴンズ・ドリームが大きく頷き返した。 いったい何をする気なの? 自分の体よりも大きな杖を頭の上まで振り上げて……え? ドラゴンズ・ドリームに向けて振り下ろした! ……新手のプレイ? 「大凶、決定」 すいません、わたしには趣旨も意味も理解できません。 要するに、タバサがドラゴンズ・ドリームを殴りつけた。ここまでは分かる。 趣旨はともかくとして何をやったかは分かる。で、ここからが理解不能なのよ。 タバサに殴られたドラゴンズ・ドリームは何一つ変わることなく浮遊し続けていた。 なぜか殴った杖の先が欠けている。右前方からくぐもった悲鳴と誰かが倒れたような音。 で、タバサの「大凶、決定」宣言。はい、意味が分かりません。 わたしにできることといえば、次第に晴れていく塵の煙幕を待つことだけ。 少しずつ、ほんのちょっとずつ、視界が開けてきた。月の明かり、星の明かりが中庭を照らす。 四方八方に飛び散る城壁、ゴーレムが暴れた跡、なぎ倒された木、それら破壊された物の中に横たわる人影。 「あれは……ミス・ロングビル!」 「大丈夫ですか、ミス・ロングビル!」 いの一番で駆け寄るわたし。貴族の鑑ね。 付け加えておくと、助け起こすドサクサでおっぱい触ってやろうなんて思ってないわよ。 あーあ、誰がやったのよコレ。頭頂部で立派なたんこぶがぷっくりと膨れていた。 ちょっとつついてみようかな。 「フーケ」 「は? 何言ってるのタバ……」 「動かないで! 動けばお友達の命が無いわよ」 抱き起こそうとしたミス・ロングビルは、わたしの首に腕を絡めて抱き締めた。 背中におっぱいの感触が……ひょっとしてミス・ロングビルって……わたしのことが……。 「お察しの通り、あのゴーレムを動かしていたのは、わたし」 ええそうでしょうね。そうでしょうとも。現実逃避しようとしてましたよ。 しかしミス・ロングビルが土くれのフーケだったなんて。予想もしなかったわ。 「動くなと言ってるでしょう、ミス・ツェルプストー。あなたの力でお友達ごと灰にするおつもり?」 あっ、キュルケが杖を下ろした。闘いこそ生きがいなんて言ってたけど、わたしのことも考えてくれてはいるのね。 「全員近寄るな! 指一本動かせば小娘を殺す!」 普段は絶対に見せない表情でロングビルが怒鳴った。 じりじりと近寄ろうとしていたぺティが足を止める。止めるしかない。 ていうか近寄ろうとしてたのがぺティだけってどういうことよ。あなた達わたしがどうなろうといいってわけ? ああ、どうしよう。このままじゃマリコルヌを超える足手まといだ。 「悪いけど一次撤退させてもらうわよ。そろそろ学院の方も騒がしくなってきたようだし」 人質にとられたわたし、人質をとったミス・ロング……フーケ、手が出せないキュルケ達。 皆が皆焦っていたのに、一人と一匹だけが泰然自若に構えていた。タバサとドラゴンズ・ドリームだ。 「……勇気があるのね。お友達が生きようが死のうがどうでもいいの?」 「ちょっと違う」 ちょっとなの? わたしとしては全然違っていてほしいんだけどな。 「あなたは大凶。すでに決定済み」 「ふん、わけの分からないことを」 フーケは自分の太股のあたりをまさぐった。 「あなたはそこでじっとしてなさい」 今度は胸元をまさぐった。 「じっとしてさえいれば……」 落ち着き無く足元に目をやっている。 「この子は無事に……」 心なしか顔が青ざめてきたような……ゴソゴソと全身を探っていた。 これ、ひょっとして……。 「あの……ミス・ロングビル……じゃなくてフーケ」 二十メイルは離れた木の影から、グェスがこちらに向けて手を振っている。 「何? 今、人質とお話している暇はないんだけど」 そんなこと言いながらわたしの質問に返事してくれるあたりこの人も律儀よね。 手を振るグェスの右手にはわたしの杖が握られ、左手には見覚えのない杖を一本握っていた。アレって……アレよね。 「あなたひょっとして、杖を失くしたんじゃ……」 フーケは動きを止めた。体温が上がり、そして下がり、滲み出た汗が服越しに伝わってきた。 「……そんなわけないでしょう」 ぺティが走った。キュルケも走った。タバサも走った。ワルキューレ軍団も走った。主に押されたヨーヨーマッや大釜背負ったギーシュまで走った。 巻き上がる土ぼこり、かき消された悲鳴、巻き込まれないために逃げ出すだけで精一杯。 ふう。ちょっとあなた達、わたしの分も残しておきなさいよ。
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前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 康一は、学院の中庭で荒く息をついた。髪も服も、もみくちゃにされてボロボロである。 ちょうど厨房での熱烈すぎる歓迎から逃げてきたところなのだ。 「歓迎されるのはうれしいけど、引け目があるぶん素直に喜べないんだよなぁー」 褒められれば褒められるほどなんだか申し訳なくなってくる。 以前テスト中、はずみで他の人の答案が目に入ってしまったときの気分だ。 いい点数を取って先生や親に褒められたが、嬉しいというよりも後ろめたくなってしまうものだ。 康一はところで・・・と、あたりを見回した。 「ここ・・・どこだ?」 康一のまわりを塔が囲んでいる。 このトリステイン魔法学院は、中央の本島を囲むようにして、火や水などといった名前を冠する塔が立ち並んでいる。 どれもこれも似たような石組みの建物なので、まだここに来てまもない康一は自分がいるのがどこなのかわからなくなってしまった。 「ここは火の塔と風の塔の間にある中庭ですよ。」 康一が振り向くと、メガネをかけた女性がこちらに歩いてくるのが見えた。 妙齢の美女といっていい。緑色のストレートな髪が風になびく。 それにしてもこっちの人の髪の毛はカラフルだよなぁー。と康一は思った。 「えーっと、どなたです?」 「わたくしはオールド・オスマンの秘書をやっています。ロングビルです。あなたをお迎えにきました。」 ミス・ロングビルは「お目覚めになったと聞いたので。」と微笑んだ。 「オスマンさんがぼくに何か用なんですか?」 ひょっとして帰る方法が分かったのだろうか。 「詳しくは直接お話したい、とおおせつかっておりますの。ついてきて頂けますか?」 「いいですよ。」 康一は二つ返事で承諾した。 そもそも、部屋を追い出され、厨房から逃げてきた康一には、行くところがなかった。 「よかったですわ。それではこちらへ。」 ミス・ロングビルは康一を先導して歩き出した。 ミス・ロングビルはノックをしてから扉を開けた。 以前にも来た事がある。学院長室だ。 「失礼しまぁーす。」 ロングビルに続いて康一も中に入った。 康一の中では、学校の職員室に来るときのような感覚である。 「おお、よくきてくれたね。ミスタ・コーイチ!」 奥の大きな机の向こうに座って、書きものをしていたらしいオールド・オスマンが、相好を崩した。 「ギーシュ・ド・グラモンとの一戦。遠巻きながら見させてもらったよ。もう体は大丈夫なのかね?」 実はあのとき、決闘をとめようとした教師達をオスマンは制止し、遠見の水晶球でその様子をすべて見ていたのだ。 当然康一のことを観察するためである。 「お、お陰様で・・・。」 康一は冷や汗を流した。 最初にあったとき、スタンドを見せてはいけないと知らなかった康一は、堂々と目の前でACT3を出してしまっているのだ。 オスマンはロングビルに目配せをした。 ロングビルは一礼して学院長室から出て行く。 二人っきりになったオスマンは、康一に椅子をすすめた。 「まぁかけなさい。いろいろしなければならない話もあるしのぉ。」 薦められるまま、康一はソファーに腰掛けた。 その正面に座った気のいい老人は、第一声でこういった。 「きみの『スタンド』は『マジックアイテム』ではないんじゃのぉ。」 康一はぎくりとした。 火あぶり、という単語が意識を横切る。 「さ、さぁ。どうでしょうね。」 康一はとぼけてみた。 オスマンは目を細めた。 「あの時、『ディテクト・マジック』をかけた生徒は、君が『マジックアイテム』を持っていないといった。しかし、君は以前見たのとは別の、二体の『スタンド』を出した。」 まさか全部見られていた!? 康一は驚愕した。 死角を使い、一瞬の隙を使い。できるだけばれないようにしていたのに! 康一は黙り込んだ。 「わしは、このハルケギニアで人よりも少々長く生きてきた。そのせいか、どうも常識に捕らわれてしまうことがあるようじゃな。」 ほっほっほっほ、とオスマンは笑った。 「どうしたかね?なにやら緊張しているようじゃが・・・」 ひょっとしたら、今すぐ逃げたほうがいいのかもしれない。 今なら目の前に座っているのは老人一人。切り抜けることができるかもしれない。 康一は半分覚悟を決めた。 「・・・この世界では、『系統魔法』以外の異能の力は『先住』と呼ばれているそうですね。」 「ほう。よく知っておるのぉ。」 「・・・ぼくの力が『系統魔法』によるものでないとしたら、どうしますか?」 康一は部屋の窓を確認した。あそこを破って飛び出せないだろうか。 「この部屋の窓は、スクウェアクラスの『固定化』がかけられておる。体当たりしたくらいではやぶれやせんよ。」 康一は身を硬くした。 心を読まれた!?そういう魔法でもあるのだろうか。 オスマンは顔の前で手を組んだ。 「君はどうやら誤解をしているようじゃの。わしが君を『先住』の使い手として王宮に突き出すと思っているのかね。」 康一は何も言えずに押し黙った。 「少しこの老人の話を聞いてもらえるかの?」 オスマンはソファーにもたれかかった。 「我々メイジが『系統魔法』を扱うことで、特別な地位を築いていることは知っておるね?平民やちょっとした魔物など、訓練されたメイジが一人いれば簡単に蹴散らせてしまう。」 「しかし、例外もある。それがエルフじゃ。エルフは始祖ブリミルの時代より聖地をめぐり、戦ってきた相手。そして、我々メイジは、『先住魔法』を使うエルフ達についぞ勝った事がないのじゃよ。」 「だから我々は『先住魔法』を極端に恐れるのじゃ。自分達が知らない力は、『先住』として恐れ、狩り立てる。」 じゃが・・・。オスマンは続けた。 「本来『先住魔法』とは自然界に宿る精霊の力を借りて力を行使するものじゃ。じゃから、別名を『精霊魔法』とも呼ばれておる。」 「ひるがえって君を見るに、君が見せてくれた3体の『スタンド』は、自然界の精霊とは明らかに異なっておる。わしも長く生きるが、そんなものは見たことがないのじゃよ。」 「じゃから興味が沸く。どうじゃね。『スタンド』とはなんなのか、わしに教えてはもらえんじゃろうか。」 話せる所まで構わんぞ?とオスマンはウィンクした。 康一は観念した。 「・・・『スタンド』は、『生命エネルギーが作り出す、パワーあるヴィジョン』と言われています。ぼくは、自分の『分身』って言ったほうがしっくりくるんですけど・・・」 「『分身』かね。」 「ええ、『スタンド』は『スタンド使い』の魂の形や強い思いを反映すると言われてます。ですから、一人一人形状も能力も違うんです。」 「君が『ACT3』と呼んでいたものは、『ものを重くする能力』というわけじゃな?」 「ええ。まぁそういうことです・・・。」 オスマンはこの康一の告白に驚くと同時に少し興奮していた。 「(この歳になってまだ知らぬことがあるとは、この世界も捨てたものではないわい!)」 しかしそれを表情には出さない。 「しかし・・・その『スタンド』とやらはどうやったら手に入るものなのかね?」 「いろいろです。生まれつきもっている人もいますし。ぼくは『矢』に貫かれて『スタンド使い』になりました。」 「『矢』・・・とは、あの弓で飛ばす矢のことかね?」 「はい。ある特殊な矢で刺されると、『スタンド使い』になる可能性があります。」 「可能性・・・ということは、なれないこともあると。」 「はい。相性のようなものがあるようです。」 「『矢』か・・・」 オスマンは何かを考えるようにして顎鬚を撫で付けた。 「何か心当たりでもあるのですか?」 「いや・・・恐らく君がいっているものとは違うじゃろう。じゃが、宝物庫に『弓と矢』がしまってあるのを思い出したのじゃよ。」 「そうですか・・・」 「(まぁここに『あの弓と矢』があるわけがないよなぁー。)」 黙り込んでしまったオスマンに、この際なので康一は疑問をぶつけることにした。 「あの・・・実はぼく、すごく不思議に思うことがあってですね・・・」 「ん?なんじゃね。いってみなさい。」 「本来は、基本的に『スタンド』は『スタンド使い』にしか見えないんです。」 「なん・・・じゃと・・・?」 オスマンは目を見開いた。 「でも、こちらの人はみんな『スタンド』が見えるみたいで・・・。だから最初、みんな『スタンド使い』だと思ったんです。」 「ふーむ・・・」 オスマンは腕組みをした。目を瞑って何かを考えているようだ。 「あのー・・・」 康一は不安になって尋ねた。 「ぼくはこれからどうなるんでしょうか。」 オスマンは目を開けた。 「君さえよければ、ミス・ヴァリエールの使い魔を続けてくれるとうれしいんじゃがの。」 「よかったぁー!」 康一は胸をなでおろした。どうやら大事にはならなさそうだ。 「驚かせてすまなかったの。もう帰ってもいいぞい。」 「あ、はい。それじゃ、ぼくそろそろルイズの部屋に帰りますね。」 康一は立ち上がった。 扉に向かう康一にオスマンは「君の『スタンド』じゃが・・・」と声をかけた。 「はい?」康一が振り向く。 「メイジではない、平民に見せたことはあるかね?」 「? えーっと・・・そういえば、ない・・・のかな・・・?」 「今度ためしに見せてみてはどうかね?ひょっとして何かわかるかもしれん。」 「はぁ・・・わかりました。」 康一は首を傾げながらも頷いた。 康一が出て行った後、オールド・オスマンは本棚から一冊の分厚い本を取り出した。 ぱらぱらとページをめくり、とある章で目を留める。 「・・・『ガンダールヴ』・・・か・・・」 その本を机の上に置く。 開かれたページには様々な紋章のようなものが並べられている。 そのうちの一つ。『始祖の使い魔』という項目に描かれていたのは、康一の左手に使い魔の印として刻まれているルーンだった。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
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ディオはルイズによって召喚された。だが、彼は四系統のいずれにも当て嵌まる覚えはなかった。 ディオは自らが召喚された理由を考えるが、その間にも運命の歯車は回り続ける。 おれは使い魔になるぞジョジョーッ! 第五話 朝食の席で特筆するような事はなかった。食堂に入ろうとするディオをルイズは物陰に引っ張り込み、 使い魔が食堂に入れる事自体が特別なんだから床で十分だと説明した。 そして床に皿を用意してやるからさっきの自分に対する態度を謝れば食べさせてあげない事もないと言ったが、 ディオは憎々しげな視線をルイズに向けると黙って立ち去った。 朝食が終わり(何故か今日の)、授業の為に教室へ行くと、いつの間にかディオが後ろを歩いていた。 大学の講義室のような教室に入るとすでに教室に入っていた生徒達から囁きが漏れる。 ルイズの召喚した前代未聞の平民の使い魔にみな興味津々なのだ。 そんな教室の様子にも我間せずといったかんじで入るとディオはルイズの隣に座ろうとした。 それを制止し 「あんたの席はここじゃないわ。ここはメイジの席。使い魔は…」 と言いかけたところでルイズは先程の出来事を思い出した。床に座れなどと言おうものならまたディオに殴られるか 黙って教室から出ていってしまうだろう。しかも今回は衆人監視の元で。 そうなったら恥ずかしい処の話ではない。使い魔も満足に御せないダメルイズ、やっぱりゼロはゼロだったと 嘲笑雑じりに馬鹿にされるのは目に見えている。 そこでルイズは―――使い魔と同じく剛巌不遜な態度に徹する事にした。 だがルイズは知らない。自分が無意識のうちにディオに恐怖していたという事を。 教室の先客にはキュルケもいた。キュルケの周りには何時も通り男生徒達が群がっている。 だが本当になかった事にしたのか、あるいはプライドが傷つくと考えたのかフレイムを蹴られた事を言い触らすつもりはないらしい。 それどころかディオと目線が合うとウィンクをする始末であった。 そんなキュルケを無視し、慣れた様子で『椅子に』座り、周りを見渡すディオ。 成る程、使い魔にも色々とあるらしいな。蛇や蛙、昆虫といった中にキュルケのサラマンダーをはじめとしてお伽話にしか 出てこないような動物がちらほらと見える。 だが、あいつらは全てジョジョのペットであったダニーと同じように主人の顔色を窺うようなゴミ以下の奴らでしかないッ! メイジ共は自分に都合良く動くように洗脳しただけのそれを友情とごまかしているだけなのだ! そうして暫くすると中年の優しそうな風貌をした女性が入ってきた。どうやら彼女が教師らしい。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、 様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 と、ここで野次が飛ぶ。 「先生!一人その辺を歩いている平民を召喚しちゃって失敗した人がいます!」 小太りの生徒、マリコルヌだ。それにつられて爆笑する生徒達。 シュヴルーズはそれを睨むとルイズの方を向き、ディオをしげしげと観察する。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 その間の抜けた発言と皆の笑いに気をよくしたのかマリコルヌは更にルイズを馬鹿にし、ルイズの応戦に挑発する。 そのやり取りはシュヴルーズがマリコルヌ他の口に赤粘土を貼り付けて口を封じるまで続いた。 その間ディオは表情一つ変えず、まるで自分は全く関係ないかのように一連の騒ぎを冷ややかに見つめていた。 「私の二つ名は『赤土』。『赤土』のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・マリコルヌ」 「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです。」 生徒達には今更の話題であるらしく、あまり真面目に聞いていないが、ディオは熱心に聞いていた。 この世界では当たり前の事であるが、ディオにとっては初めて耳にする事ばかりである。 この先この世界で暮らしていく以上、どんな些細な事でも知っておく必要がある。 だが系統の話を聞いているうちにディオには一つの疑問が湧いてきた。『何故おれは召喚されたのか』という事である。 シュヴルーズの話では、使い魔は主人であるメイジの系統に沿ったものが召喚されるらしい。 だがディオには今の四つの系統に当て嵌まるような覚えはない。 主人の系統を知っておく事は大切かもな。そう考えるとディオは熱心に授業を聞いているルイズに尋ねる事にした。 横目でみるとシュヴルーズはどうやら石ころを錬金術で変質させたらしい。キュルケが身を乗り出して質問をしているが、 あまり興味は引かない。魔法や空想の生き物が存在しているのだ。錬金術くらい存在して当たり前である。 「ルイズ、少し聞いてもいいかい?」 「なによ」 ディオは小声で隣のルイズに尋ねる。 「さっき聞いたところ四つの系統が存在しているらしいが、君はどの系統なんだい?」 「…うっさい」 と、ルイズは表情を暗くすると呟く。 「主人の系統を知りたいのは普通だろ?まさか『虚無』の使い手なのかい?」 「うるさいって言ってるでしょ!?」 突然ルイズが怒鳴る。シーンと静まり返る教室。憮然とした顔付きをしているディオが ふとキュルケを見るとやっちゃったなというジェスチャーをされた。 「ミス・ヴァリエール!私にむかって煩いとは何事ですか!」 「あ…いえ…その…違…」そして盛大に勘違いをする教師。自分の話に熱中していて前後を聞いていなかったらしい。が、 「そこまで自信があるのであれば、あなたがやってみなさい!」 途端にざわめきだす教室。中には早々と机の下に潜り込む者もいる。 「先生、ルイズは止めておいた方がいいです!」 誰かが言う。 「どうしてですか?」 「あまりにも『危険』だからです!」 ルイズ以外の顔を出している生徒全員が頷く。 「な、なんなら私がやります!」 とキュルケ。しかし 「だが断る。」 容赦なく死刑宣告は下された。 「このシュヴルーズの好きな事はできないと思われている生徒に成功させることよ。 しかもミス・ヴァリエールには今回自信があるみたいです。あらゆる機会を捉えて生徒を成長させるのが教師の務めなのですよ。 さあ、やってみなさい」 今度こそ我先にと机の下に潜り込む生徒達。後ろで待機している使い魔を呼び寄せる生徒もいる。 ディオも周囲の危険を察知してゆっくりと机の下に潜る。 ルイズはそれらを横目に暫く逡巡していたが、やがて意を決すると教壇へと足を進めた。 「さあ、錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 必死に連想するルイズ。その顔は美しいが悲しいかな、それを見ているのはシュヴルーズだけである。 次の瞬間、石と教卓が物凄い音を立てて爆発した。使い魔や生徒達の悲鳴や祈りの言葉が教室内に充満する。 グラウンド・ゼロにいたルイズはひっくり返って気絶しているシュヴルーズを見、頭に手を当てた。 「てへ、ちょっと失敗しちゃった」 その場にいた全員から突っ込みを入れられたのは言うまでもない。 先生が気絶してしまったので残りの時間は休講となり、ルイズは罰として教室の掃除を行う事になった。 そしてディオはルイズの文句を聞き流しながらルイズが『ゼロ』と呼ばれている事を理解し、今の出来事について考えるのであった。 to be continued…
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間章 貴族、平民、そして使い魔 塗りつぶしたような王都トリスタニアの闇空に、青い絵具が一滴こぼれた。 王宮へと近づくにつれて、どんどん大きく形を変えてゆく。やがて 夜目にも分かる程鮮やかに竜の姿を取った時、それはぶわりと中庭へ 降り立った。 突然の闖入者に、宮廷内は騒然となった。王宮警護の当直である 魔法衛士のマンティコア隊員達が、次々と駆けつけては風竜を取り囲む。 「ね、ねえ君・・・これは流石に、目立ちすぎなんじゃ・・・・」 竜の背から飛び降りながら不安げに呟く金髪の少年に、 「一刻を争う事態なんでしょう?お上品にやってる場合じゃないじゃない」 すました顔で赤毛の少女。彼女の後から眼鏡をかけた少女が、そして 同時に剣呑な空気を纏った男が降り立つ。最後にひらりと飛び降りて、 桃色の髪の少女は大きく名乗りを上げた。 「わたしはラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズです アンリエッタ姫殿下に取次ぎ願いたいわ」 「ああ、ルイズ・・・!あなた達!無事に帰って来たのですね!」 何故かヴァリエールの名を恐れたマンティコア隊の隊士達によって、 ルイズ達はあっさり謁見の運びとなった。キュルケ達三名を待合室に 残し、ルイズとギアッチョはアンリエッタの居室で対面する。 「姫さま・・・」 二人はひしと抱き合った。そうしてから、ルイズは旅の顛末を説明 してゆく。キュルケ達との合流、陸と空の賊の襲撃、ウェールズとの 邂逅・・・・・・。 「・・・そう、ですか・・・」 全てを聞き終えて、アンリエッタはぽつりと呟いた。 「・・・やはり 殉じられたのですね・・・ウェールズ様は・・・」 「・・・あ、あの 姫様・・・その、ウェールズ様のことは」 「まさか魔法衛士隊に裏切り者がいるとは・・・護衛達のことは 新たに考え直す必要があるかも知れませんね」 「姫様・・・?」 「この手紙とレコンキスタの情報、確かに受け取りました ルイズ、 本当にありがとう よくぞ我がトリステインを救ってくれました」 「・・・・・・いえ、滅相もございません」 ルイズは胸が痛んだ。アンリエッタは今必死に王女として、 政を司る者として振舞おうとしているのだ。ならば、ルイズが その意志を汲まないわけにはいかなかった。アンリエッタの ように、ルイズもまた務めて無機質に言葉を重ねる。 一通り事務的なやり取りを終えた後、アンリエッタはその表情を 少し柔らかくした。 「あの者・・・ワルドとは、杖を交えたのですか?」 「・・・ええ お陰でこの通り、皆傷だらけですわ」 ルイズは軽口を叩いてみせる。その程度には、心の傷も癒えた らしい。それが分かったようで、アンリエッタもくすりと 笑って言葉を継ぐ。 「重傷を負った者はいないのでしょう?あのワルドをその程度の 代償で退けるとは、あなたのお友達は皆頼もしいのですね」 「・・・はい 自慢の友人達ですから」 花のような笑みで、ルイズはそう答えた。 「それに・・・言いましたでしょう?彼がいれば、どんな任務も きっと達成して御覧にいれますと」 アンリエッタはルイズの後ろに控える男を見る。 「ふふ・・・とても信頼されているのですね、使い魔さん もう一度言わせていただきますわ・・・ありがとうございます」 「やるべきことをしただけだ」 どうでもよさげに、彼は答えた。 「それでも、ですわ 本当に、今回は申し訳ありませんでした まさかあの謹厳実直な男が裏切るなど、夢にも思わなかったのです」 謝意を表すアンリエッタを、ルイズが慌てて止める。 「姫様、とんでもないことでございます・・・!恐れながら、 彼の心は幼少より付き合ってきたこのわたくしにも看破すること 能いませんでした 如何な人物であろうとも、あの者の秘めたる 牙を見抜くことは出来なかったと存じます」 少々大げさだが、ルイズの心は伝わったようだった。静かに 立ち上がって、アンリエッタはくすりと笑う。 「そうですね・・・そうかも知れません さて、此度は重ね重ね 感謝しますわ ゆっくりと身体を休めなさいな オールド・オスマンに 言えば休みもいただけるでしょう」 「もったいないお言葉です」 頷いてから、アンリエッタはギアッチョに向き直った。 「わたくしの大切な友達を・・・頼もしい使い魔さん、どうか これからも守ってあげてくださいな」 そう来るとは思わなかったらしい。刹那の沈黙の後、ギアッチョは ちらりとルイズの後姿に眼を遣る。躊躇いがちに頭を掻いて、 「・・・まあ、な」 彼は短く、そう返した。 「・・・成る程 放蕩三昧たぁいかねーわけか」 待合室へと足を向けながら、ギアッチョは一人ごちる。並んで 歩くルイズがそれに言葉を返した。 「そりゃ、地位が高ければ高い程責任は増すものでしょう?」 「ノブレス・オブリージュってやつか 姫さんと言やぁ 好き放題に遊んで暮らしてるようなイメージしかなかったからな」 「・・・イタリアには、王室はないの?」 「ねーな 五十年程前に廃止されたらしいが、よくは知らねぇ」 「・・・廃止・・・?」 王室の廃止など、トリステインの人間にはさっぱり理解出来ない 話だろう。少し考えてみたが、ルイズにもやはり解らなかった。 そのままどちらともなく会話が途切れ・・・二人の間に聞こえる ものは、かつかつと響く靴の音だけ。 やがて沈黙を打ち破って、ルイズが呟くように口にした。 「・・・ねえ さ、さっきのこと・・・本音だったの?」 「ああ?」 何の話か分からずに、ギアッチョは怪訝な顔をする。 「や、だ・・・だから・・・わ、わたしを守ってくれるって・・・」 正確には曖昧に答えを返していただけだったが、ルイズには それがどうにも嬉しかった。そこで、ギアッチョ本人の口から もう一度ちゃんと聞きたかったのだが、 「・・・さてな」 眼鏡を弄りながら、ギアッチョは適当に返事をするだけだった。 「ちゃ、ちゃんと答えなさいよ!もう!」 「まーまールイズ こう見えても旦那はおくゆかしいんだって たとえ死んでもおめーを守り通そうと思っていても、口にゃあ 中々出せないお人柄なのさ いやぁ旦那にも可愛いとこr」 べらべらと喋るデルフリンガーの声にビキビキという音が重なり、 それきり魔剣は完全に沈黙した。「まぁ、それなら確かに 可愛いんだけど」などと思いつつ、ルイズはそれ以上の問答を 止める。ギアッチョの表情は、相変わらず読み取れなかった。 「遅いわよー、ルイズ!」 正体無くソファに背中を預けていたキュルケが言う。 待合室で雑談に興じていた三人は、その言葉を合図に席を 立った。 「お待たせ 本当、遅くなっちゃったわね」 テーブルの上に置かれた水盆に浮かぶ針に眼を遣って、 ルイズはそう答える。時刻は深夜に差し掛かろうとしていた。 中庭へ向かいながら、ギーシュが問い掛ける。 「報告はもう済んだのかい?」 「ええ ・・・詳しくは言えないけど、任務は成功よ あんた達のお陰だわ・・・本当にありがとう」 「何言ってんのよ 覚悟してなさいよ?私達が困った時は、 あなたに助けてもらうんだから」 冗談めかして返すキュルケに、 「と、当然でしょ!今に見てなさいよ!」 とルイズが答える。それを聞いて、ギーシュが笑った。 「アッハッハ ルイズ、喧嘩じゃないんだからさ!しかし 長い旅だったね・・・早くモンモランシーに会いたいよ」 「あら、あなたまだ続いてたの?」 「意外」 本に眼を落としながら、タバサはぽつりと呟いた。 「さらりと失礼な・・・僕達の愛は永遠、そして無限なのさ」 「女と見れば口説きに走る男の言うことじゃないわね」 「あんたが言うことでもないと思うけど」 他愛のないことを喋りながら、ルイズ達はシルフィードの 待つ中庭へ到着する。哨戒を続けているマンティコア隊の 隊士に一礼して、彼女達は空へと飛び立った。 居室の窓辺に立って、アンリエッタは飛び去るシルフィードを 物憂げに眺めた。彼女の右腕であり、実質的なトリステインの 首脳でもあるマザリーニ枢機卿に種々の報告と相談、指示を終え、 アンリエッタはようやく一人の少女に戻ることが出来た。 誰も入れないように命じたその部屋で、彼女は力なくソファに 座り込む。 ゆっくりと右手を開くと、そこには美しく輝く風のルビー。 その深い光を見つめながら、アンリエッタは先刻を思い返した。 この部屋を辞する間際にルイズがアンリエッタに差し出したもの、 それが風と水、二つのルビーだった。 片割れである水のルビーは、褒賞としてルイズに下賜した。 文字通り命を賭けた彼女の働きには、それでも足りない程だと アンリエッタは思っている。――そして、風のルビー。 ウェールズの、それは唯一つの形見だった。ルイズは、 ウェールズは勇猛に戦い、そして散ったと言う。最後に一言、 アンリエッタの幸せを願って逝ったとも。 ルビーを両手で握り締め、俯いた額に強く押し当てる。恋人との 思い出が、アンリエッタの心を無数に駆け巡っていた。 「・・・あなたのいないこの世界の、一体どこに幸せがあると 言うのですか・・・・・・?」 万感の悲哀を込めて、アンリエッタはそう呟く。その声はか細く 震えていた。 「・・・・・・ぅ・・・」 耐え切れなかった。押し込めていた悲嘆が、こらえていた涙が、 堰を切って溢れ出す。 「・・う・・・ぅ・・・ううぅうぅぅうぅ・・・・・・ッ! ウェールズさまぁああぁぁ・・・・・・・!!」 誰も踏み入ることの出来ない部屋で一人、少女はいつまでも 泣き続けた。 前へ 戻る 次へ
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形兆は一人で教室の片付けをしていた。それも全力で。 一人なのはルイズに押し付けられたからではない、彼なりの準備だ。 こうすることである程度の『時間』を手に入れる。 その時間で食料と情報、二つの問題を解決する。 それが形兆の脱走準備だった。 そのためにはまずルイズに怪しまれてはならないのだが、 これは簡単だった。 「ご主人様の手を煩わせることも無いでしょう。私一人でやります」 そう言うだけであっさり形兆一人に任せた。 今まで反抗的な態度をとらずにいたことがここで役に立つ。 そして手を抜いて後で叱られるのもいけない。 これに関しては何も言われないことが望ましいからだ。 なるべく早く綺麗にする。そうすれば時間は多く取れる。 故に形兆は全力で掃除をしていた。 「ふう、これくらいで良いか」 形兆がそういった時には教室は元の状態に、いや元以上に綺麗になっていた。 机はミリ単位で正確に並べられ、窓ガラスもそこにあるのか分からないほど綺麗になっていた。 なんというか『キラキラ~』というようなエフェクトがかけられている様にも見える。 形兆が満足そうに笑い、振り向いた瞬間。 驚いているシエスタを見つけた。 「こ、こんにちは」 「こんにちは。それはそうといつからいたんだ?」 シエスタは驚きの表情をしたまま 「たった今です」 と答えた。そしてそのまま教室を見回し、 「これ、形兆さんがやったんですか?」 と聞いてきた。 「そうだが?」 「す、凄いですね」 その瞬間、形兆の腹が鳴った。 自分が空腹であることを思い出し、 「そういえば、どこか食事が出来るところを知らないか?」 と尋ねた。 そして厨房に案内される。 シエスタが賄い食で良ければ厨房の支配者に交渉してみる、と言ってくれたからだ。 交渉の結果、形兆は厨房のマルトー親父に気に入られ、これから先、食事の心配は無くなった。 形兆が半分ほど食べ終えたところでシエスタが席を立つ、デザートを運びにいくらしい。 「ありがとう。何か手伝えそうなことがあったら言ってくれ」 形兆は最後に礼を言う。 「いえいえ、お気になさらず」 そういってシエスタは去っていった。 形兆は食べ終え、厨房の人たちに礼を言ってから厨房を出る。 これからは情報を集めるつもりだったがその必要は無くなった。 厨房の人たちと知り合いになれたため、彼らから聞けることと、ルイズに聞けることをあわせれば良い。 そう考えたためだ。 もともと午後は調べ物をして、ルイズには道に迷ったと言い訳するつもりだったのだ。 しかしこれをするとルイズは怒るだろう。 問題は片付いたのだし、必要以上に怒らせるのは得策とはいえない。 さっさとルイズに合流して機嫌を損ねないようにしよう。 そう思いルイズがいるであろう食堂へ向かった。 だがルイズはいなかった。 もう一度ルイズを探して辺りを見回そうとした時、 「なあ、ギーシュ!お前、今は誰とつきあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」 金色の巻き髪にフリルのついたシャツ、薔薇をシャツのポケットに挿している男、ギーシュと言うらしい、 が周りの連中に質問されているのを見つけた。 形兆は別にルイズとすぐに合流したいわけではない(むしろ遅いほうが良い)ので、時間つぶしに眺めることにした。 ギーシュはその質問に 「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 そんな風に答えた。 その時、シエスタがギーシュに近づき、何かを渡す。 「あの、落し物ですよ」 ギーシュはそれに答えない。答えたのは周りの友人たちだった。 「その香水はモンモランシーの香水じゃないか?」 「そうだ!その鮮やかな紫色はモンモランシーが自分のために調合している香水だぞ!」 「つまり…お前は今『モンモランシーとつきあっている』……違うか?」 「違うよ。全然違うよ」 ギーシュがそう言いったとき、茶色いマントの少女がギーシュの近くにやってきた。 「ギーシュさま……やはり……」 「全然違うよ。モンモランシーとは全く関係ないよ」 その少女は、ギーシュの頬に平手打ちを叩き込んだ。 「さようなら!」 そういって食堂を出て行った。 すると、別の女の子がやってきた。巻き髪で黒いマントを着ている。 「全く違うよ。ちょっと仲は良かったと思うよ。でもこれは二股じゃないよ」 そしてワインのビンを掴み、そのままギーシュを殴りつけた。 「うそつき!」 そういって食堂を出て行った。 ギーシュは芝居がかった動作で頭から流れてきた血を拭きながら言った。 「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」 そしてシエスタに向かって言う。 「君が軽率に香水のビンなんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」 シエスタは何も言えず、怯えている。 「いいかい?君が香水のビンを置いたとき、知らないふりをしたじゃないか。 話を合わせるぐらいの機転があってもいいだろう?」 「え……でも」 シエスタは目に涙を浮かべながら何か言おうとする。 「口答えするのかい?」 ―――どこかで同じような光景を見た。 どうあっても抗えないくらい力の差がある相手に一方的に殴られる子供。 昔から自分はそいつを庇っていた。 そして、気がついた時には右手を前に突き出していた。 椅子から落ちて倒れているギーシュ。 目を見開いて自分を見ているシエスタ。 何が起こったのか理解できてない周りの連中。 自分がギーシュを殴ったことに気づく。 ヤバイことをした。だが後悔は無い。 こんなゲス野郎を殴るくらいならいいだろう。そう考えながら右手を下ろした。 ギーシュが立ち上がり、こちらをにらみつける。べつに防御力は下がらない。 「君……いい度胸だね」 「……」 「貴族に手を上げるということは、即処刑されても文句は言えないのだが…」 「……」 「君はミス・ヴァリエールの使い魔だ。特別に決闘で決着を付けるということにしてあげよう」 「分かった……だが一ついいか?」 「なんだい?言ってみたまえ」 「それでこのメイドにはもう何もしないこと、それを約束して欲しい」 「分かった。いいだろう」 形兆の言っていることは『お前は八つ当たりがしたいだけだろう』ということだったが ギーシュはそれに気づくことなく 「ヴェストリの広場で待っている」 そういって去っていった。 「あの…形兆さ」 「おい」 「はい!?」 形兆に何か言う前に先に話しかけられ、シエスタは畏縮した。 「エプロンの後ろの紐、ほどけてるぞ」 そういって後ろに回りこみ、紐を結ぶ。 「え?あ、ありがとうございます」 「それじゃあな」 そういって歩き出す形兆。 去っていく背中を見ながらシエスタは (自分に兄がいたらあんな感じなのかな……) 場違いであることを知りながらも、そんなことを考えていた。 To Be Continued ↓↓
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裏口の方にルイズ達が向かったことを確かめると、キュルケはギーシュに命令した。 「じゃあおっぱじめますわよ。ねえギーシュ、厨房に油の入った鍋があるでしょ」 「揚げ物の鍋のことかい?」 「そうよ、それをあなたのゴーレムで取ってちょうだい、取れたらそれを入り口に向かって投げてね。」 「いいけど、[錬金]で油を作る方が早くないかい?」 「馬鹿ね、ギーシュ。少しでも消耗が少ないほうがいいに決まってるでしょう?それに、ゴーレムは再利用できるわよ。」 「ううむ・・・」 「さっさと行く!」 「はいはい。」 「ハイは一回!」 「はい」 ギーシュは、テーブルの陰で薔薇の造花を振った。 花びらが舞い、青銅の戦乙女がその場に現れる。それは矢の雨の中ぴょこぴょこと厨房に走った。 柔らかい青銅に、何本も鋼鉄の鏃がめり込む。 「もっと厨房の入り口付近に出せばよかったじゃないの」 キュルケが、手鏡を覗き込み、化粧を直しながら呟いた。 「今の僕じゃあ難しいんだよ、そんなことよりきみはこんなときに化粧するのか。」 ギーシュは呆れつつも、何とか厨房にたどり着いたゴーレムに油の鍋を投げつけさせた。 キュルケは杖をつかんで立ち上がる。当然のように飛んで来た矢を、タバサが風を起こし吹き飛ばした。 「だって歌劇の始まりよ?主演女優がすっぴんじゃ、しまらないじゃないの!」 キュルケの火球が、撒き散らされた油に引火し、増幅されて入り口周辺を火の海に変えた。 それは傭兵たちに次々と燃え移り、何とか消そうとのたうち回る被害者が、生きた炎の壁となって更に被害を広げていく。 「この地獄絵図が、歌劇ねえ。過激、の間違いじゃないのかな」 ギーシュがぽつりと呟いた。 岩ゴーレムの肩の上、フーケは舌打ちをした。 突撃を命じた傭兵たちが炎に巻かれて転げ回っている。隣に立った仮面の貴族に向かって不満を呟いた。 「ったく、やっぱり金で動く連中は使えないわね」 「あれでよい」 「とてもそうは見えないけど」 「倒さずとも、かまわぬ」 「あのねえ、それじゃ何のためにわたしはいるのよ」 しかし、男は答えず一方的にフーケに告げた。 「俺はラ・ヴァリエールの娘を追う、お前は好きにしろ。合流は例の酒場で。」 「は?」 言うが早いか、男は風のように暗闇へ消えた。 「ったく、勝手な男だよ。」 下を見ると、入り口から噴き出す炎の風により弓兵までが壊滅状態に陥っている。 逃げたら殺すとは言ったものの、殺す手間の方が惜しい。 フーケは下に向かって怒鳴った。 「ええいもう!頼りにならない連中ね!どいてなさい!」 ゴーレムが地響きを立てて、入り口に近づく。 さて、どうしてくれようかしら。 ・・・やっぱり、建物にはアレよね。 岩ゴーレムの腕を、螺旋状に変化させて思い切り突き出した。 「おっほっほ!おほ!おっほっほ!」 酒場の中では、キュルケが勝ち誇って笑い声を上げていた。 「勝ち誇ってるとこ悪いんだけどさ」 ギーシュが突っ込みを入れた。 「なによ?実際勝ったも同然じゃないの」 「じゃあ、窓から見えるあれは何なんだい」 フーケのゴーレムが、地響きを立てて接近してくる。 「あは、あはは、あははははは」 キュルケの笑い声が乾いたものに変わった。 「タバサ、ギーシュ」 「なんだね?」 「逃げるわよ」 タバサは頷いた。ギーシュは首を振った。 「逃げない!僕は逃げません!」 「・・・あなたって、戦場で真っ先に死ぬタイプなのね」 タバサは近づくゴーレムを見て、何か閃いたらしい。ギーシュの袖を引っ張った。 「なんだね?」 「花びら。たくさん」 「それがどーしたね!」 「いいからタバサの言うとおりにして!」 キュルケの剣幕に、ギーシュは造花の薔薇を振った。大量の花びらが宙を舞う。 舞った花びらがタバサの風の魔法で、ゴーレムに向かっていく。 「それで?」 タバサが呟いた。 「錬金」 ゴーレムの肩に乗ったフーケは、自分のゴーレムに花びらがまとわりついたのを見て、鼻を鳴らした。 「何よ。贈り物?花びらで着飾らせてくれたって、手加減なんかしないからね!」 言いつつも、念のため少し様子を見る。 その時、まとわりついた花びらが、ぬらっと何かの液体に変化した。 土のエキスパートであるフーケはすぐに気づいた。錬金の呪文である。 油の臭いが立ち込め、それに合わせるように火球が飛んできた。 なるほどねえ。でも、この“土くれ”に錬金で挑むなんて、10年早いわ。 ニヤニヤ笑いながら既に準備していた呪文を完成させる。 「錬金!」 “トライアングル”の強力な錬金を受けた油は一瞬で土へと還り、火球に対する盾となりつつさらさらと地面に落ちた。 「さてと、余計な何かをされる前に建物ごと生き埋めにしてやるとするかねえ」 フーケは改めてゴーレムの腕を振り上げた。 「や、やっぱりダメじゃないか!!」 「思った以上に戦いなれてるわねえ」 「・・・」 キュルケたちは三者三様に落胆した。 「さあ、逃げるわよ!」 「いや、まだだ」 ギーシュが真面目な顔で呟いた。 キュルケが反論する。 「土ドットのあなたが、フーケに対してなにができるっての?」 「いいや、できるね!」 「馬鹿なこといってないで、手遅れになる前に行くわよ!」 勝ち誇ったフーケは、傭兵たちを退避させると思う存分暴れまわった。 以前捕えられた恨みもあるが、それ以上に貴族用の高級宿である“女神の杵亭”の存在自体がわりと許せなかったのだ。 「まずは裏口からブチ崩そうかねえ。」 敵を逃がさず建物を完全に解体すべく、端から潰していく。 しばらくすると、“女神の杵亭”は瓦礫の山と化した。 「さあて、あいつらはちゃんと埋まってるかしら?」 フーケは勝利を確認しようと、瓦礫の上へとゴーレムに乗ったまま踏み出した。 「な、何だってんだい!」 足元が抜け、バランスを崩したゴーレムが崩落しながら更に埋まっていく。 「よ、よくもよくもよくもおおおお!ガキ共に2度も土をつけられるなんて!」 ガリガリと引っかくような音がして、少し離れた地面からヴェルダンデに乗ったギーシュが現れた。 タバサとキュルケも後に続き顔を出す。 「ね、うまくいっただろう。なんせ、僕の可愛いヴェルダンデは[土竜]だからね。」 「シルフィードも凄いと思ってたけど、あなたの使い魔も滅茶苦茶ね。岩盤を無理矢理掘り進むなんて」 キュルケが呆然と呟いた。 ギーシュが胸を張って答える。 「鉱石の発掘だってお手のもんさ」 「絶対、主の実力に見合ってないわよ」 「失礼な、僕はまだ成長期なんだよ!」 「そうかしら」 ヴェルダンデが誇らしげに鼻をひくひくさせている頃、桟橋へとセッコたちは走っていた。ワルドが建物の陰に滑り込んで階段を駆け上がる。 「なあー、何で登ってんだよお?」 セッコの呟きは無視された。地理がわからない以上ついていくしかない。 登りきると異様な光景が目に飛び込んできた。 山ほどもある巨大な樹に、船が生っている。 「ほえ・・・何だあこれ・・・」 「何って、桟橋よ。あれが船。」 ルイズがこともなげに言った。ワルドも全く普通な様子だ。 オレがおかしいのかなあ? To be continued…… 戻る< 目次 続く
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翌朝・・・。 ルイズとワルドは、結婚式の準備をしていた。 といっても、今まさに攻め落とされんとしている城で派手なことができるわけもなく、 ウェールズ・・・アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭に乗せ、同じく純白の乙女のマントを纏うだけという単純なものではあったが。 「ねえワルド、本当にここで結婚式をするの?」 昨日はセッコに手紙を始末されたショックもあって、勢いで“今結婚しよう” と言うワルドに同意してしまったものの、一晩空けて冷静になってみると、やはり何か違う気がするのであった。 「僕が相手じゃ不満かい?」 「・・・」 そうじゃなくて、ここで今するのが気に入らないのよね。 ルイズとしてはささやかに式を挙げるなら、帰ったら任務のことでどうせ会う、アンリエッタの前で誓いたかったのだ。 それに、ある意味では全権大使とも言える自分が、いくら亡命を勧めても聞かなかった頑固な武人であるウェールズ皇太子。 その最期の思い出が、昨日会ったばかりの他国人の結婚式だなんて。 そんなの、悲しすぎるわよ。 それに、いや、そんなこと以上に、何故か心は不安でいっぱいだ。 その時、ワルドがルイズの手をとった。 「さあ行こう、ルイズ。 始祖ブリミル像の前で、ウェールズ皇太子が待ちわびているぞ」 「え、ええ」 ワルドに手を引かれ、戦の準備で誰もいない滅び行く城の廊下を、ウェールズの待つ礼拝堂に向かって歩く。 昨日は、わたしとセッコ以外、皆笑っていた。 まあセッコは、悲しんでいるという感じではなかったけれど。 今も、隣のワルドは幸せそうに微笑んでいる。 きっと、ウェールズも笑って死を迎えるのだろう。 何故、わたしだけが寂しいのかしら。 わたしが・・・おかしいのかしら?それともわたしが、何か悪いことを? 「ルイズ!行き過ぎているぞ、礼拝堂はこっちだ!」 「あ、そう、そうね。ごめんなさい、ワルド」 さてその頃、鍾乳洞に作られた港の中、セッコはニューカッスルから一足先に脱出するため、 疎開する人々に混じってイーグル号に乗り込む列に並んでいた。 「なあ、相棒」 「どうしたあ?」 「なんか体がスースーして気分悪いんだけどよ」 「人前で鞘から抜くと、ルイズが怒るんだから仕方ねーだろお。喋れるだけいいと思え」 「むう」 デルフリンガーの鞘は、話し相手を欲しがったセッコによって、そのまま喋れるよう穴だらけにされていたのだった。 「ところでよ、娘っ子を放置してきて本当によかったのか?」 「命令されたらオレにはどうしようもねーよ。さすがに[死ね]とか言われたら必死で逃げるけどなあ。」 「難儀なもんだな、まーあのワルドって奴も強そうだし、なんとかなるかね」 「オレは、あいつ嫌いだけどな。ルイズの婚約者じゃなかったらぶち殺したいぐらい。」 「おいおい、やっぱ戻った方がよくねえか相棒」 ちょっと考えてから、答える。 「いや別に、オレの目の前にいなけりゃそれで。」 「ははは、ちげえねえ」 ルイズとワルドが礼拝堂につくと、皇太子の礼装に身を包んだウェールズが、一人で始祖ブリミル像の前に佇んでいた。 「・・・お一人なんですか?」 ルイズは無礼な疑問を口に出してしまった事に気づき、慌てて手を当てた。 「すまないね。できることならもう少し豪勢にしてあげたいが、皆は戦の準備で忙しいんだ。」 「も、申し訳ありません、殿下」 「気にしないでくれたまえ。では、子爵」 「はい」 ワルドが、仰々しく一礼した。 「それでは、式を始める」 王子の声が、ルイズの耳に届く。 しかし、ルイズの心は結婚を前にしているというのに、様々な疑問が渦を巻き、憂鬱であった。理由はわからない。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って頷き、今度はルイズに視線を移した。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール・・・」 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読み上げる。 そう、わたしって今憧れの婚約者と結婚しようとしてるのよね。 それなのに何故、何故こんなに不安なのかしら。 ウェールズ達が死に行こうとしているから? それは悲しいことだけれどわたしと直接は関係ないわ。 セッコがアンリエッタの手紙を握り潰したから? いや、手紙が敵の手に永久に落ちなくなれば根本的に問題は起こらないわけだし、セッコはあいつなりに最善の手を取ったのよね。 お仕置きは必要だろうけど、少なくとも不安とは違う。 結婚したらセッコを常に監視するわけにいかないから? 確かにあいつは放っておくと極めて危険だ。 でも、考えてみれば傍においておかなくてもいくらでも手はある。 今気にやむようなことではない。わたしはそんなに神経質ではない・・・と思う。 じゃあ、何で不安なのよ!この疑問は何! 「新婦?」 「・・・新婦?」 ウェールズが心配そうにこっちを見ていた。はっとして顔を上げる。 こんなとき・・・疑問を感じたとき、あいつならどうするだろう? この世界の何よりも無邪気で、残酷で、正直で、そして純粋な自分の使い魔。 「緊張しているのかい?仕方がない。初めてのときは、ことが何であれ、緊張するものだからね」 にっこりと笑って、ウェールズは続けた。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。 では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と・・・」 違う、違うのよ、ウェールズ殿下。わたしは緊張してなどいない。 ルイズは首を振った。 ただ、何かが引っかかっているのよ。 誰も答えを出してくれない悩みが、疑問があるとき、どうすればいい? この世で、一番信じられるものは何? それは・・・ 「新婦?」 「ルイズ?」 二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。 わたしは、あいつに影響されているのだろうか? いや、元々そうだったのだろう。この世で一番信じられるものは、“わたし”。 自分が納得できないことは、今やるべきではないこと。 ルイズは、ワルドに向き直った。 「どうしたね。ルイズ。気分でも悪いのかい?」 「気分は、悪くないわ」 「なら、誓おうじゃないか」 「いいえ、ワルド。今は、結婚できないわ」 ウェールズは首をかしげた。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、私はこの結婚を望みません。少なくとも、今は」 ワルドの顔に、さっと朱がさした。ウェールズは困ったように首をかしげ、残念そうにワルドに告げた。 「子爵、まことにお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにいかぬ」 ワルドはウェールズを無視してルイズの手をとった。 「ルイズ・・・緊張してるのかい?きみが、僕との結婚を拒むなんて」 「ごめんなさい。ワルド。この旅で判ったんだけど、何故かあなたと二人でいると不安になるのよ。 女神の杵亭に居た時。桟橋で、セッコが錯乱してあなたに殴りかかったとき。それに・・・。 もちろんワルド、あなたのことは憧れだし、少なくとも嫌いじゃないわ。でも、今はだめ。今は結婚できない」 ワルドの表情が変わる。 「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる!そのためにきみが必要なんだ!」 豹変したワルドに怯みながらも、ルイズは力強く首を振った。 「わたしの不安は、そういうことだったのね、ワルド。世界なんかいらないわ」 ワルドは両手を広げると、ルイズに更に詰め寄った。 「僕にはきみが必要なんだ!きみの能力が!きみの力が!」 何を言っているの?こんなワルドって、あの優しかったワルドがこんなに・・・ いや、一度だけ、一度だけこんなワルドを見たことがある。 ラ・ロシェールで、セッコと手合わせしたときに。 あの時、わたしはセッコがキレていたのだと思っていた。 あいつが暴走しやすいのはいつものことだったし。 盗賊をバラバラにしたのを前の晩見てしまったから、余計そう思ったのかもしれない。 ・・・でも、違ったのね。本当に“キレて”いたのは、ワルドの方だった! 「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! きみは始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう!きみは自分で気づいていないだけだ!その才能に!」 「ワルド、あなたまさか・・・」 ルイズの心が、急激に醒めていく。 自らに酔っているかのように昂りつつあるワルドと対照的に。 セッコはイーグル号に乗り込んだ瞬間、突然言い知れぬ不安に襲われた。 身震いし、目をこする。 「おい、どうした相棒!」 「おかしい。」 「なんだ、疲れてんのか?」 「違う、オレは昨日たらふく飯を食ったし、よく寝た。」 でも、変なものが見える、これは・・・昨日の城?・・・ウェールズ・・・と? 「なんなんだよ相棒」 「左目にワルドが見える、そのせいで胸クソわりい。あと左手が熱い。」 印が、光っている。なんだこりゃあ? 「何を訳の判らないこと言ってるんだ?」 「呼ばれてる、気がする。」 「落ち着けって!トリステインに一足先に帰ってのんびりするんだろ相棒!」 うう、だめだ、この映像・・・これを消さねえと・・・ 「ちょっと、黙ってろ。」 オレは、・・・を信用しすぎていた。だから、・・・は死んだ。 本当に信用できるのは、やっぱり、オレ自身だよなあ。 セッコは、発進寸前のイーグル号から飛び降りた。 「なあ相棒、この船に乗らなかったら、どうやって帰るんだよ!」 デルフリンガーが叫んでいる。 「うぁ?あー。多分大丈夫だ。[不安]がなくなってから、考えるぜえ」 セッコは、デルフリンガーを抜き、壁に潜った。 「なにがだ・・・グボァ、ぁぃぼヴ!ぬぁんだこれ気持ちわりい!がぼぁ!」 「これが、オレだ。オレを相棒っつーなら慣れろ。あと、静かにしてろ。 振動が、音が聞こえねえと方向感覚が狂うんだよぉ。」 上に向かって、深く、潜っていく。上に、上に。 ルイズに対するワルドの剣幕を見かねたウェールズが、間に入ってとりなそうとした。 「子爵、きみは振られたのだ。潔く・・・」 が、ワルドはその手を跳ね除ける。 「黙っておれ!」 ウェールズは驚いて立ち尽くした。ワルドはルイズの手を強く握った。 「ルイズ!きみの才能が僕には必要なんだ!きみはそれに気づいてない!」 ルイズはワルドの手を振り解こうとしたが、ワルドの力は物凄く、解けない。 「冗談じゃないわ!さっきまでは、トリステインに戻って、ゆっくり話してから、そうして結婚しようと思ってた。 だけど、今確信したわ。やっぱりあなたはわたしを見ていない!」 暴れるルイズを見て、ウェールズが加勢し、ワルドを引き剥がそうとした。 しかし、ワルドはそれを突き飛ばす。 「うぬ、何たる無礼!何たる侮辱!子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を放したまえ!さもなくば、我が魔法の刃がきみを切り裂くぞ!」 ワルドは、それでやっと手を放し、そして張り付いたような笑みを浮かべた。 「こうまで僕が言ってもだめかい?ルイズ。僕のルイズ。」 「嫌よ、絶対に!」 「この旅で、きみの気持ちを掴むために、ずいぶん努力したんだが・・・」 「そう。わたしのあなたへの気持ちは、この旅で離れたのよ」 覚悟を決めたルイズは、そう吐き捨てた。 それを聞いたワルドは、両手を広げて首を振った。 「こうなっては仕方がない。ならば目的の一つは諦めよう」 「目的?」 ワルドの笑みが、禍々しく歪む。 「そうだ。このたびにおける僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」 「達成、二つ?どういうこと?」 なによ、まだ・・・まだ何かあったわけ? 「まず一つはきみだ。ルイズ。きみを手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」 「当たり前じゃないの!」 ワルドが、ルイズを見つめなおす。 「二つ目の目的は、ルイズ、君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」 それを聞いたウェールズは、全てを察したのか杖を構えた。 しかし、ルイズは突然、笑い始めた。 「そう、残念ね。すっごく残念。それも、達成は不可能よ、ワルド!」 「「何?!」」 ウェールズも、ワルドもはっとした顔になる。 「手紙なら、セッコが、わたしの使い魔が処分したわ。 あの時は、さすがに慌てたし、怒ったわ。でも、今となっては勲章ものね」 「ガンダールヴか!なんと使えぬ奴!おのれ!」 「残念ね」 「・・・だが、三つ目は達成させてもらうぞ!」 閃光のように素早く杖を引き抜いたワルドが、呪文の詠唱を完成させ、ウェールズに飛び掛る。 「き、貴様!レコン・キスタ・・・」 正面から飛び掛ったワルドの攻撃を、何とか弾き返したウェールズの言葉は、しかし最後まで続かなかった。 「貴様の命だ、ウェールズ」 ウェールズの背後、始祖ブリミル像の影から、もう一人のワルドが飛び出し、その胸を貫いていた。 「・・・風の遍・・・在・・・ぐあ・・・」 ウェールズの口から、どっと鮮血が溢れ、床に崩れ落ちる。 「あなた、貴族派?・・・裏切り者、だったの?」 さすがにそこまでは読み切れなかったルイズが、わななきながら怒鳴った。 「そうとも。いかにも僕は、アルビオン貴族派、レコン・キスタの一員さ」 ルイズは杖を振り上げようとしたが、遍在のワルドに掴まれ、壁に押し付けられた。ワルドはそのまま言葉を続ける。 「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がっているのさ。そして、最終的には、始祖ブリミルの光臨せし[聖地]を取り戻す」 「昔は、昔はそんなふうじゃなかったわ。何があなたを変えたの?」 「話せば、長くなる。今ここで語る気にはならん」 逃げようとしても、壁に押し付けられていて動けない。 「どうして・・・」 「だから!だから共に世界を手に入れようと言ったではないか!」 「嫌よ、世界なんていらないって言ったでしょう・・・」 「もう、遅いんだよ。言うことを聞かぬ小鳥は、首を捻るしかない。さようなら、可愛い僕のルイズ」 ルイズの首に、手がかけられる。 「う・・ぐ・・・助けて・・・セ・・」 駄目、息が・・・ 「残念だよ・・・。この手で、きみの命を奪わねばならないとは・・・」 ワルドは、そう言いながらも実に楽しそうだ。それがとても、悔しい。 せめても本当に悲しそうにしてくれていれば、まだ救われたのに。 意識が朦朧としてきたせいか、壁に沈みこんでいるような感覚がある。 わたしは、こんな夢を・・・ その時、突然締め付けていた力が緩んで、ルイズは失神し床に崩れ落ちた。 ワルドの目が、驚愕に見開かれる。 壁から生えた腕に、“遍在”の胸が貫かれていた。 To be continued…… 戻る< 目次 続く